好きだった本の話

私は小説を読むのが趣味で月に何冊か読みます。昔ほどたくさん読むわけではないのですが、年齢を重ねるにつれて好きな本の傾向が変わってきているような気がします。特に、高校時代に大好きだった本を一人暮らしの部屋で読んだら受けつけなかった、ということが大学に入って何度かありました。

小中で好きだった本はほとんど読み返していないのでなんとも言えませんが、十代半ばの感性にはその年代特有のものがあるのかもしれません。そのうちの1冊についてお話しようと思います。

 

高校生の頃は小川洋子さんが大好きで、あの閉じられた空間ならではの陶酔や、どこか浮世離れした登場人物たちに心惹かれていました。

ところが大学生になって、いちばんのお気に入りだった『薬指の標本』を読み返したら、数年前ほど魅力を感じなくなってしまっていたのです。

 

この本のあらすじを簡単に説明しておきます。

清涼飲料水の工場で働いていた主人公は機械の事故で薬指の先をなくして仕事を辞め、街外れにある標本室の事務員として働きはじめました。彼女はそこで出会った標本技術士に靴をプレゼントされ、それ以降なぜか彼から離れられなくなってしまいます。そして、近くに住むおばあさんから前の事務員もその前の事務員もいつのまにか姿を消したということを教えられます。

 

舞台設定もキーアイテムとなる靴も、どこか作り物めいていて独特の雰囲気がありますよね。ちなみにこの小説はフランスで映画化されています。

 

16歳の私と今の私はたいして変わらないのですが、大きな違いは恋をしているかどうか、そして永遠を信じられるかどうかだと思います。

この話の中で「標本」は思い出を永遠に閉じ込める役割を果たしています。そして主人公の薬指の思い出は、彼女とは精神的にも肉体的にも切っても切れない関係にあって、薬指を標本にするということは、彼女自身が永遠に囚われることを意味しています。

今となってはグロテスクにすら感じられるこの構図は、片想いをしている頃の私にとってはこれ以上ないほど魅力的に見えました。

しかし、高校を卒業して男性とお付き合いをしてみると、どうやら永遠も閉じられた世界も存在しないようだと気づき始めました。どうしたって噂話は広まるし、ちょっとしたきっかけで人と人は離れてしまうようなのです。

11歳になっても魔法学校からの手紙は届かないし、サンタクロースはどこかに行ってしまったし、永遠の恋もないんだと思いました。

いつかもっと大人になったら、大好きだったこの小説をファンタジーとして楽しめる日が来るのかもしれません。でも、それってちょっと寂しい気もします。